仮想人格のアイデンティティ [日々徒然]
モニターの向こうに生きている私の名は、かつて「Docvidanja」で「だーにゃ」で「藤宮沙羅」で、現在は「藤宮さら」となっている。元ネタは古代日本の女帝・持統天皇の幼名・鸕野讃良と、彼女が開いた藤原京だ。
「だーにゃ」と名乗っていた時分にオフで集まったとき、この名を大きく呼ばれると他人の視線が意外と恥ずかしかったので、改名時に普通っぽい名を選んだ。
そして思いのほか長く、この名前と付き合い続けている。
ちなみにモデルの神田うのさんは、鸕野 から名付けられたそうだ。
なもんで、この名にもそれなりに思い入れができつつあったのだが……この名を使う自分以外の、そして本業ネット小説家さんの存在を知ったりして、何故か自分の存在こそが紛い物のように思えて、何だかなーな気分になっている。
いっそ、下の名前は「讃良」にすべきかなぁ……とか。ほとんどの場合名乗りは藤宮で済ませているから、違いなんざナイっちゃぁナイんだけどね。
「だーにゃ」と名乗っていた時分にオフで集まったとき、この名を大きく呼ばれると他人の視線が意外と恥ずかしかったので、改名時に普通っぽい名を選んだ。
そして思いのほか長く、この名前と付き合い続けている。
ちなみにモデルの神田うのさんは、鸕野 から名付けられたそうだ。
なもんで、この名にもそれなりに思い入れができつつあったのだが……この名を使う自分以外の、そして本業ネット小説家さんの存在を知ったりして、何故か自分の存在こそが紛い物のように思えて、何だかなーな気分になっている。
いっそ、下の名前は「讃良」にすべきかなぁ……とか。ほとんどの場合名乗りは藤宮で済ませているから、違いなんざナイっちゃぁナイんだけどね。
2012-03-09 23:56
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