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続けてみた vol.2 [ヘ.タリア]

 こういう物語で√とギルを一緒に出すと、ファミリーネームが一緒なので色々混乱しそうになります。
 文章がある程度溜まった時点で、サイトに転載しようと考え中。

 サンフランシスコの金門橋たもとにあるプレシディオ基地に第4軍情報学校が開設されたのは、1941年11月のことだった。この年に入って急速に悪化してきた日米関係を重く見た米陸軍情報部が、日本語英語を両方とも扱える兵士を必要としたためだった。

 そこで米陸軍が目を付けたのは日系二世兵。しかも「キベイ」して米国に対する忠誠心を持ちつつ、日本での生活経験があることが望ましいとされた。

 日本での生活経験を重視したのには理由がある。アメリカに暮らす日系二世たちのほとんどは、日本文化どころか片言の日本語すら話せなかった。日本人差別に心を痛め続けた親の一世世代が、子供たちを「アメリカ人」にするため意図的に言葉や文化を教えなかったためだ。

 結果、3700人の日系二世を対象に行った語学テストでは、日本語熟達者と考えられる者は3%に過ぎず、4%が水準以上、3%が長期訓練ののち採用可能、残りの90%は全く使いものにならないという数字が出てきた。日系二世は、想像以上にアメリカ社会に同化しきっていたのである。

 よって、使えそうな二世を見つけることは何よりの急務であった。ときには語学学校の教官は日系人居留者の多いハワイやサンフランシスコ、ときには日本人強制収容所にまで出向いて日本語・英語に堪能な二世を捜し求めた。

 キク――マリア・キク・ホンダ――は日本での生活経験のある日系二世として、両親とともに入れられていたサンフランシスコの強制収容所から語学兵として徴用された。ほとんど連行だった。他に選択肢もなかったろうが。

 学校は日系兵の他にも、日本滞在経験のある白人兵たちも在籍していた。

 そして1941年12月7日、真珠湾攻撃。宣戦布告のない戦闘行為に米国世論は一気に反日に傾いた。

 自分たちはどうなるんだろうと不安に駆られる日系二世たちの前に、一人の教官が語った。堂々とした体躯、青い瞳に目の覚めるような金髪の彼は、軍事英語を担当していたルートヴィッヒ・バイルシュミット中尉だった。

 彼がドイツ系であることは、誰もが知っていた。

「君たちは今、悪いニュースを聞いた。第1次世界大戦が勃発したとき、軍属であった父が同じような境遇だったことを聞かされた。だが、今私はこうしてここにいる」

 敵対国の子孫であったにもかかわらず――米陸軍の制服の襟元に中尉という士官の階級章をつけて、ルートヴィッヒは続けた。

「希望するなら学校を辞めてもよいが、君たちの忠誠心を試すときがきたのだ。諸君が全力を尽くすことを期待する」

 そのスピーチが功を奏したのかもしれない。退職を願い出た生徒はいなかった。

 だが、語学学校の場所は反日感情の強い西海岸のサンフランシスコから、反日感情はほとんどなかったミネソタに移された。対日戦には西海岸の方が有利であったというのに。

 キクの成績は常に上位だった。もっとも、本人には幼い頃の記憶を思い出すだけで、訓練だの勉強だのをしている意識はなかったのだが。

 教育の終了間近、順当にいけば卒業と同時に少尉の階級を与えられ、前線に近い地方基地の司令部にでも勤務するのだろうと、そうすれば士官用の住居を与えられて収容所に入れられたままの両親も呼び寄せられると考えていたある日、キクはルートヴィッヒから呼び出された。

 ルートヴィッヒは暗い面持ちでキクに語った。「君たち日系人の少尉任官はなくなった」と。

「それは、私たちは退職させられるということでしょうか」

 訊ねたキクにルートヴィッヒは首を振った。

「そうではない。おそらくは下士官――軍曹として、いずれかの基地や部隊の勤務になると思う。その上で、君の希望を聞いておきたい」

 士官でなければ、軍曹階級の下士官であろうと下っ端の兵であろうと、住居は基地内での集団生活だ。個室が認められるか大部屋かの差はあるが、収容所の家族を呼び寄せることはできない。

 民族を盾に強制された運命。

 奴隷解放を高々と掲げて「白人と黒人との共存」を声高に叫ぶこの国は、そのくせ「黄色人種は憲法の規定外である」と、国籍を与えないどころか入国にも就労にも徹底的な差別を加えた。だからこそ、一世たちは二世を「アメリカ人」にしようとしたというのに。

 ルートヴィッヒは言った。かつては自分たちもこの国の敵国であったのだと。けれど……拭いきれない疑念が襲う。彼らは白人だ。そうして、自分たちは白人でも黒人でもない、黄色人種だ。黄色いサルと罵られ、蔑まれ続けた存在だ。

 キクは目を伏せた。脳裏を破壊衝動が渦巻いていた。何もかもどうでも良かった。自分自身も、運命も。

「家族と一緒になれないのなら……戦場に、行きたいです」
「君は戦闘向きではない」
「戦場で通訳が必要になることもあると思います。それが、私の希望です」

 キクは顔を上げて挙手の敬礼をすると、ルートヴィッヒに背を向けた。
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